オーケストラとの共演を聴くと、その奏者が一人で演奏しているときには気付かなかった音楽性が見えてくることがある。オーケストラと丁々発止でやりあうのか、無理に前へ出ようとせずに協調路線を取るのか、あるいは相手にお構いなくわが道を行くのか。少なくともこのアルバムに関するかぎり、村治佳織は第2のタイプに属する演奏家のようだ。 表題曲は全体的に軽めの演奏。とくに第1、第3の早いテンポの楽章はさらっとしている。オーケストラに強くからんでいくことはせず、しかし自分の輝く場所が用意されているときには、そこでしっかり責任を果たすといったスタンスだ。きかせどころの第2楽章では、もう少し自己主張する。細部にまで注意のゆきとどいたフレージングをしっとりときかせ、楽章全体で十分にスポットライトを浴びる。磨かれた音色は雑味のまったくない蒸留水のようだ。ピアニシモがとくに美しい。カステルヌオーヴォ=テデスコの協奏曲でも、調和型のソリストであることは変わらない。チャイコフスキーをアク抜きしてイタリアの陽光にさらし、スペインの風にあてたようなこの曲は、表情のコロコロ変わるところがおもしろい。「タンゴアンスカイ」はスラヴァグレゴリアンや木村大も録音しているギター独奏曲だが、村治はここで、作曲者自身が編曲した弦楽合奏付きの版を弾いている。コントラバスのつくりだすドライヴ感、ヴァイオリンのピチカートなど、いかにもタンゴらしい要素が加わって楽しくきける。(松本泰樹)